

今回は物書きらしく、この作品のテーマについて語りたいと思います。語り尽くしたいと思っています さて、テーマというのもは、要するに作品が何を伝えたがっていたか、とうことです。 時々、テーマが大恋愛だ! とか戦争だ! とか言う人がいますが、こういうのは実はテーマではなくモチーフだったりして、テーマとは呼ばなかったりします。 まぁ、テーマ論は難しいのであまり細かい説明はしませんが、簡単に言いますと、作品を一文に要約するとどういう話なのか、ということです。 さっそく、「Fate」編から言ってみましょうか。 Fate編では最終的にはセイバーと結ばれることなく、セイバーが消えてしまうという結末です。きっと嘆いた人が多いと思いますし、疑問に思う人もいるかもしれません。グッドエンドで補完したら良いという人もいるかもしれません。 しかし、多分私が書いても、同じ結末になったなったでしょう。 何故なら、そこにテーマがあるからなのです。 セイバーは昔、剣を引き抜き王様になりますが、結果として国を全滅させてしまいます。そのため、「あの時の自分の王になるという選択肢は間違っていた。そして自分が国を守るためにやってきたことも全て間違っていた」という結論に行き着き、聖杯を使って全てをなかったことにしたいと考えます。 士郎はセイバーのこの考えは間違っていると思うのですが、明確に何が間違えているのか言葉に出来ないでいます。 そんなときに言峰に、過去士郎が巻き込まれた十年前の厄災、それを聖杯の力を持って、なかったことにしてくれると言われます。 これで、セイバーと同じ誘惑を士郎は持ちかけられたわけです。 が、これを拒否します。 そして、拒否した理由こそが、Fate編のテーマとなるべき部分です。 つまり、 「どんな悲惨な事でも、一度起こしてしまった事は、元に戻すべきではない。何故なら、その事件があったことで得た物や、成長した事、誇り高き決意、そんな輝かしいものまで否定することになるからだ」 ということでしょう。 士郎のその言葉を聞き、セイバーは「自分の人生は決して間違っていなかった。出来る限りのことは精一杯やれたのだから」という所に思い至るわけです。 このことにより、士郎とセイバーは共に過去の罪の意識から解放されます。 というのが、Fate編の根本にあるべき部分です。 だから、エンディングで「セイバーは既に死んでいる」という事実をねじ曲げて、士郎と仲良く暮らしましたというのでは、テーマの整合性が取れないわけです。 セイバー編にはグッドエンドがない形こそが、完璧な形というわけですね。 良い例として、宮部みゆき先生の模倣犯に、こういう記述があります。抜粋してみます。 <ホントは違っていた。ホントはこうだった。やめなさいよ。あなんたがそのとき考えたことが本当なんだよ。本当のあんたは、そのときそのときその場にちゃんといるんだよ。 あんたはいつだって何かをやろうとしてきたんだ。あんたの見に降りかかった災難から立ち直るために、何か道がないかって、ずっと捜してきたんだ。その一瞬一瞬は、いつだってあんたにとっては正しい方向を向いていたんだよ。だけど、ちょっと続けて苦しくなると、すぐにそれが間違っていたような気分になって、やっぱりあれはホントじゃなかったって言い始める。まるで、いちいち「あれは本当のことじゃないです」って断らないと、誰かに叱られると思っているみたいだ。誰もしかりやしないよ。だって、あんたの人生はあんたのものなんだから。過去の厄災だけがあんたのものなんじゃなくて、これから先の人生だって、あんたのものなんだ。誰にもお伺いをたてたりせずに、自分のためになることを自由に考えて良いんだよ> うぅん。良い言葉ですねー。 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ では、次ぎに「Unlimited blade Works」編に行ってみましょう。 正義の味方を貫いた士郎は、もっと多くの人を救うために、英霊エミヤとなります。ですが、結局は正義の味方というものが、ただの理想でかないという現実の前に挫折し、ついには正義の味方を否定してしまいます。 そんなエミヤはアーチャーとして現代に召喚され、昔の正義の味方の理想に燃えた士郎に出会います。 こうして正義の味方に絶望したアーチャーと、正義の味方たらんとする士郎との戦いが始まるのです。それは正義の味方というものに対する、内面的葛藤の物語です。 さて、本編でも語っていますが、そもそも正義の味方というのは、助けたいものしか助けれません。 一人残らず助けることが「理想」ですが、一人残らず助けることは「現実」には不可能だということです。 この理想と現実にぶつかり合いなのです。 理想というのもは、決して現実にならないから理想なのです。だから、理想を追い続ければ、その終着駅に待っているのは、「そんな理想はかなうわけがない」という事実です。 それでも裏切られると分かっていても、偽物だと分かっていてもなお理想を追い求める理由。テーマはもちろんこのことの解答です。 すなわち 「全ての人を救うという理想が、現実にならないことくらい、最初から分かっている。だけれど、その理想はとても輝かしく気高いものだ。だとしたら、そんな美しく気高い心が、それを追い求める行為が、間違っているはずがない」 という理想の肯定こそが、このお話のテーマでしょう。 士郎はアーチャー(という名の現実の壁)に負けずその心を貫き、アーチャーはそんな士郎を見て、気高くて美しい理想を取り戻した。とうお話ですね。 それゆえに、エンディングロール後に流れるAnswerでは、アーチャーが理想に裏切られたが、自分は間違っていないという答えを得るのであった。 そういえば、偽物「フェイカー」という言葉が何度か出ていますが、これはこの物語の「決して叶わないけれど輝かしい理想」という部分の象徴ですね。 偽物が本物を凌駕する。それは理想が現実を凌駕することの一種の象徴だったりします。 ちなみに、このシナリオのグッドエンドで、セイバーが残っているのは、まだ彼女がFate編の解答にまで到達していないからです。まだ中途半端なままなので、答えを見つけるまでは、現世に留まることも許されたりするわけです。 では最後に「Heaven Feel」編に行きましょう。 この物語は今までの主人公の在り方というものの、一つの解答が描かれています。 物語では桜が聖杯の力を取り込んでしまい暴走。世界に害をなす存在になってしまいます。桜を殺せば、多くの人が救われるけれど、桜を救おうとすれば、多くの人が死んでしまう。 その葛藤の物語と言えるでしょう。 今まで主人公は切嗣が指し示した「正義の味方」の在り方を信じ、それを貫いてきたのですが、今回はその方法で立ちゆかなくなってしまうのです。 そもそも切嗣の指し示した「正義の味方」は根本的な部分で、矛盾を内包しています。 多数を守るために、一人を殺すという方法論。これは切嗣の言うとおり、取りこぼしが存在している以上「正義の味方」としては不完全なものです。だからこそ切嗣は正義の味方にはなれず、アーチャーは理想に裏切られる事になったわけです。 面白いのは、士郎が「正義を貫き、桜を殺す」という選択をした場合、彼はあらゆる手段を使って、聖杯戦争に勝利する……というバッドエンドに流れていきます。 これは切嗣が正義の味方であろうとして、なれなかったのと同じ理由に、士郎が落ち込んでしまうからです。 さて、今回は正義の味方では救えない、正義に切り捨てられたもの、「取りこぼし」を救う物語と言うことになります。 ということで、テーマは、 「誰かを助けたいならば、全てを救うまえに、まず一人を救うという立場に立たなければならない。それがどんな罪を背負うことであれ、その一人を見捨てている限り、決して幸福にはなれないからである」 だろうと思われます。 理想を貫くことよりも、幸せになることを優先した物語と言えるかも知れません。 (実際セイバー編では、理想を貫いたが為に、セイバーと幸せになることはできませんでしたからね) 理想より幸福を選んだ士郎は、己の過去に復讐されます。されなくてはなりません。士郎は十年前に自分だけ生き残ってしまった罪を、正義の味方であることで、あながってきたからです。 その代償としてFete編の自己(その象徴しての黒セイバー)と対決し手を汚すことになり、Unlimited blade Works編の自己(その象徴としてのアーチャーの左腕)に呪われることになります。 こうして士郎と桜はようやく自分の幸せというものを見つけるわけです。 ただ、桜ルートの考察に関しては、自分でも微妙に自信がないかなかったりします。 最後に行けば行くほど、「誰かの味方をするということは、その人間の罪も罰もなにもかも全てを、まとめて受け止めることである」とうサブテーマ(?)が妙に強調されているんですよね。 このお話では言峰が妙に協力的だったりしますが、これは目的が同じだからと言うところもありますが、主人公に共感を感じているからだと思われます。 言峰自身、取りこぼされて生きてきた存在です。 また、士郎が桜の罪を受け止めるように、言峰もアンリマユの罪全てを受け止めています。 結局の所、士郎と言峰は根っこが同じです。自分以外の人間の幸せを望む士郎、自分以外の人間の不幸を望む言峰。 愛と憎悪は人間の脳の同じ部分から出ているという話もあるくらいですから、二人は同じ思想を持ちながら、その属性が正反対の存在ということになります。 この辺りの事を考えると、微妙に要素が多くて、このお話がまとまらないんですよね。 こまったもんだ。 実はこの桜ルートはプロットでテーマが迷走しているのでは? とか疑問に思ってるくらいなんですが、どうなんでしょう。 もう少しスッキリした解釈がありそうなんですが、その辺りはもう少し考えてみることにします。 |